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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)14017号 判決 1974年5月21日

原告(甲・乙号事件) 滝富士太郎

原告(甲号事件) 交通文化事業株式会社

右代表者代表取締役 滝富士太郎

原告(甲号事件) 財団法人日本交通文化協会

右代表者理事 滝富士太郎

右交通文化事業株式会社財団法人日本交通文化協会訴訟代理人弁護士 秋山昭八

同 高村正彦

原告(乙号事件) 井上真一

右四名訴訟代理人弁護士(甲・乙号事件) 小林直人

同 南木武輝

被告(甲・乙号事件) 荏原用賀交通株式会社

右代表者代表取締役 磯安雄

右訴訟代理人弁護士(乙号事件) 斉藤勘造

同 梶山公勇

同 松崎保元

被告(甲号事件) 神保弘道

右両名訴訟代理人弁護士(甲・乙号事件) 江口保夫

同(甲号事件) 宮田量司

同 本村俊学

同(甲・乙号事件) 古屋俊雄

被告(乙号事件) 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 木下健治

<ほか一名>

主文

壱 被告荏原用賀交通株式会社、同東京都は各自原告滝富士太郎に対し弐百八拾七万九千六百五円およびこれに対する被告荏原用賀交通株式会社は昭和四拾五年壱月弐拾五日から、同東京都は昭和四拾六年五月拾九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

弐 被告荏原用賀交通株式会社、同東京都は各自原告井上真一に対し弐拾万円およびこれに対する昭和四拾六年五月拾九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

参 原告滝富士太郎、同井上真一の被告荏原用賀交通株式会社、同東京都に対するその余の請求および原告滝富士太郎の被告神保弘道に対する請求、原告交通文化事業株式会社、同財団法人日本交通文化協会の被告荏原用賀交通株式会社、同神保弘道に対する各請求はいずれも棄却する。

四 訴訟費用のうち原告交通文化事業株式会社、同財団法人日本交通文化協会と被告荏原用賀交通株式会社との間では、同被告に生じた費用の参分の壱は右原告らの負担とし、その余を各自の負担とする。

原告滝富士太郎、同交通文化事業株式会社、同財団法人日本交通文化協会と被告神保弘道との間では、同被告に生じた費用は右原告らの負担とし、その余を各自の負担とする。

原告滝富士太郎、同井上真一と被告荏原用賀交通株式会社、同東京都との間では原告らに生じた費用の五分の壱を被告荏原用賀交通株式会社の、被告荏原用賀交通株式会社に生じた費用の参分の壱を右原告らの、被告東京都に生じた費用の弐分の壱を右原告らの各負担とし、その余を各自の負担とする。

五 この判決は、主文第壱および第弐項に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨(原告ら)

「被告らは各自原告滝富士太郎に対し一七、二九六、六九〇円およびこれに対する被告荏原用賀交通株式会社、同神保弘道は昭和四五年一月二五日から、同東京都は昭和四六年五月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告荏原用賀交通株式会社、同神保弘道は各自原告交通文化事業株式会社に対し五、四九一、三一〇円、同財団法人日本交通文化協会に対し四、九五〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四五年一月二五日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告荏原用賀交通株式会社、同東京都は各自原告井上真一に対し八六〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年五月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決を求める。

第三請求原因(原告ら)

一  事故の発生

原告滝富士太郎(以下原告滝という。)、同井上真一(以下原告井上という。)は、つぎの交通事故(以下本件事故という。)によって傷害を受けた。

(一)  発生日時 昭和四二年一二月二七日午後一〇時三〇分頃

(二)  発生地 東京都港区芝公園三号先道路都電軌道上

(三)  加害車 営業用普通乗用自動車(品川五え五四四号、以下被告車という。)

運転者 被告神保弘道(以下被告神保という。)

被害者 原告滝、同井上

(四)  態様 被告神保は、被告車の後部座席に原告らを同乗させて都電軌道上を走行中、その左車輪が軌道上の敷石のはがれた穴に落ち込み、さらに同所から五メートル先路上にはがれていた敷石に後車輪を乗り上げ、大きく右および上下にはずんだ。

(五)  傷害の程度および治療経過

原告滝は、右事故により第一二胸椎圧迫骨折の傷害を受け、昭和四二年一二月二八日から同四三年四月九日まで慈恵医大付属病院に入院し、同月一〇日から同四五年一一月九日まで同病院等に通院して治療を受けたが、現在においても頭痛が存続し、かつ、コルセットもとれない状態である。

原告井上は、右事故により頭部外傷、外傷性頸部症候群の傷害を受け、約三ヵ月通院して治療を受けたが、現在においても時折頭痛に悩まされている。

二  責任原因

(一)  被告荏原用賀交通株式会社(以下被告会社という。)被告会社は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により原告らの損害を賠償する義務がある。

(二)  被告神保は、被告車を運転し、東京都港区田村町方面から芝公園方面へ向け、左側通行義務に違反して都電軌道上右側を高速度で進行していたが、御成門交差点のつぎの交番前交差点を通過した際、前方軌道は相当いたんでいて、敷石の凹凸が多く、殊に前方約五メートルの軌道敷中央の敷石(長さ約六〇センチメートル、幅約三〇センチメートル、厚さ約一〇センチメートルの御影石)がはがれて穴が開き、右敷石がその穴の前方約五メートルの軌道上に横たわっていた。このような場合同被告は絶えず前方を注視し、道路の状況を確認し、何時にても敏速に停止の措置をとり、事故の発生を未然に防止し得る程度に減速して、その穴、敷石等の障害物を避けて、同乗者に危害を及ぼさないような速度と方法で運転する注意義務があるのに、これを怠り、被告車の左車輪を軌道敷中央部分に乗せて進行した過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条により、原告らの損害を賠償する義務がある。

(三)  被告東京都

被告東京都は、芝公園三号先道路(同道路上の都電軌道敷を含む)の管理者であるが、本件事故当時道路上の敷石がはがれていたのにこれを補修せず、かつ、はがれた敷石を除去することもなく放置しておいたため、かゝる管理の瑕疵により被告神保の右過失と相まって本件事故を発生させたから、国家賠償法二条一項にもとづき、原告らの損害を賠償する義務がある。

三  損害

(一)  原告滝は本件事故によってつぎのとおり損害を蒙った。

1 入院費 五五〇、三六〇円

2 付添費 四九二、〇〇〇円

原告滝は、入院期間中一日延べ二人の付添人費用合計三、〇〇〇円の割合による一〇三日分(すなわち三〇九、〇〇〇円)と退院時の謝礼三〇、〇〇〇円との合計額三三九、〇〇〇円を要し、通院期間中一日一人五〇〇円の割合で三〇六日分合計一五三、〇〇〇円を要した。

3 付添人用ベッド費 一三、五九〇円

4(1) 入院雑費 二五〇、〇〇〇円

(2) 電話料 一五、〇〇〇円

5 マッサージ費 一、五九七、五〇〇円

原告滝が小林マッサージへ六四七、五〇〇円、東京プリンスホテルから依頼したマッサージ師へ五〇〇、〇〇〇円、深夜依頼したマッサージ師へ四五〇、〇〇〇円を支払った合計である。

6 東京プリンスホテル宿泊費 一、八九二、二四〇円

原告滝は、前記通院期間中通院のため一ヵ月に平均して一〇日間の割合で右ホテルに宿泊したが、その費用一日六、一〇四円の割合による三一〇日分である。

7 通院交通費 三〇六、〇〇〇円

原告滝は、昭和四三年四月一〇日から同年六月末日まで毎日、同年七月一日から同四五年一〇月末日まで一ヵ月八日の割合により、通算三〇六日間ハイヤータクシー等による通院のため、一日平均一、〇〇〇円の支出を要した。

8 医師、看護婦への謝礼金 二、三三〇、〇〇〇円

原告滝は、入院期間中は医師へ五〇〇、〇〇〇円、看護婦へ一六〇、〇〇〇円、マッサージ師へ一二〇、〇〇〇円の謝礼金を支払い通院期間中は一ヵ月五〇、〇〇〇円の割合で医師、看護婦へ合計一、五五〇、〇〇〇円を支払った。

9 慰藉料 八、〇〇〇、〇〇〇円

原告滝は、本件事故により一〇三日間の入院と現在に至るまで三年間にも及ばんとする通院を余儀なくされ、その間筆舌に尽し難い肉体的苦痛を蒙ったのみならず、相原告財団法人日本交通文化協会(以下原告協会という。)の専務理事、同交通文化事業株式会社(以下原告会社という。)の代表取締役という要職にあったことから、右期間中の仕事上の不都合は数知れず生じ、その精神的苦痛、不安は並大抵のものではなかった。また、原告滝は本件事故当時六四才の高令で、現在に至るまで頭痛が残存するなど、今後の肉体的、精神的苦痛も著しいものがあると予想される。

右のような事情を斟酌すると、原告滝の受けるべき慰藉料は八、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

10 弁護士費用 一、八五〇、〇〇〇円

原告滝は、被告らに対し各自一五、四四六、六九〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告らからいずれも任意に支払を受けられないので、已むなく弁護士である原告滝訴訟代理人らに本件賠償請求訴訟の遂行を委任し、本判決言渡の日にその費用および報酬として一、八五〇、〇〇〇円を支払う旨約した。

(二)  原告会社、同協会

1 原告会社、同協会の事業内容

(1) 原告協会は、交通業界(国鉄、地下鉄、私鉄等一切を含む。)における公益事業を行なうことを目的とし、鉄道従業員の育英交通事業における技術の開発(発明、考案等を含む。)功労者に対する表彰等の事業を行ない、従業員数は約四〇名である。

原告会社は、原告協会の右運営資金の全部を出捐しているものであるが、従業員約五〇名で、国鉄、私鉄等の交通機関内で広告の掲出事業を行ない、年間総収入は約三五〇、〇〇〇、〇〇〇円に達する。

(2) 原告滝は、原告協会の理事および原告会社の代表取締役を兼任しているものであるが、原告協会の理事、原告会社の取締役のなかで専任かつ常時勤務しているのは原告滝だけで、しかも、原告協会および同会社の各事業執行には極めて高度の政治的折衝を要し、そのため広告依頼主との契約、広告掲示物設置に関する契約の締結等すべてが原告滝の個人的関係においてなされている。すなわち、原告協会および同会社の事業形態は、一般の会社におけるように総務、営業、経理等一定の機構にもとづき各分野で組織的に経営が進められるものと異なり、原告滝の個人的関係において事業が遂行されるから、同原告の個人事業と同視される。

2 原告会社は本件事故によってつぎのとおり損害を蒙った。

(1) 原告滝の休業による原告会社の得べかりし利益の喪失による損害 四、八二二、二〇〇円

原告会社は、本件事故前において広告事業収入として月額二〇、四七六、〇〇〇円を得ていたところ、本件事故後約三ヵ月間(原告滝の入院期間)において右収入は毎月額一五、一一八、〇〇〇円に減少した。原告会社は、同協会との取決めによって右収入の三割相当額(同協会は七割相当額を取得する。)を手数料(利益)として取得すべきものとなっているので、原告滝の三ヵ月間の休業による原告会社の得べかりし利益の喪失による損害額は、前記金額となる。

(2) 第三者への損害賠償債務負担による損害 五〇〇、〇〇〇円

原告会社は、昭和四〇年四月頃熱川奈良本に交通従業員共同の福祉センター、下田三穂ヶ崎にレストハウスを各建設する計画を樹て、久米設計事務所に設計を依頼していたところ、原告会社の渉外業務の一切を担当していた原告滝が本件事故により休業し、右計画の実施を中止せざるを得ないこととなり、これにより右設計事務所に対し前記金額の損害賠償債務を負担したもので、右は本件事故による損害である。

(3) 交通費 四一、一二〇円

原告会社は、原告滝の入院期間中、従業員が同原告から業務上の指示あるいは決裁等を受けるため、会社と前記病院間を往復するのに要した交通費として前記金額を支出した。

(4) 弁護士費用 四五〇、〇〇〇円

三(一)11と同趣旨のもとに、前記金額の支払を約した。

3 原告協会は本件事故によってつぎのとおり損害を蒙った。

(1) 原告滝の休業による原告協会の得べかりし利益の喪失による損害 五、六二五、九〇〇円

原告協会は、原告会社との間で、同会社の広告事業収入額のうちその七割相当額を取得すべきものと定めているから、原告滝が休業しなければ、三(二)2(1)記載のとおり、一一、二五一、八〇〇円を得るべき筈であったが、右のうち、国鉄等に支払うべき広告掲出費等の諸経費は五割を上廻わることはないから、原告協会の同滝の休業による得べかりし利益の喪失による損害額は前記金額を下らない。

(2) 広告掲出料支払による損害 三、九〇〇、〇〇〇円

原告協会は、原告会社が広告依頼にもとづいて国鉄、私鉄等の施設に広告媒体を掲出したときは、国鉄等に対し広告掲出料を支払っているものであるが、原告滝が本件事故により休業したため、伝票および掲出承認書の検修をなし得なかったので、広告依頼のうち解約となったものがあったのに、その広告を掲出しない旨の不掲出証明書の提出手続を行なうことができず、原告協会は国鉄等に対し広告を掲出しないのに掲出料を支払うべき義務を負うのやむなきに至った。その支払による損害額は前記金額である。

(3) 刑事手続の弁護士費用 七七五、〇〇〇円

原告協会は、本件事故にもとづく被告会社および同神保の刑事責任を追及するために告訴手続の遂行を弁護士である林徹に委任し、その費用および報酬として前記金額を支払ったので、右支出は本件事故による損害というべきである。

(4) 交通費 三一一、五八〇円

三(二)2(3)同趣旨のもとに、前記金額を支出した。

(5) 弁護士費用 四五〇、〇〇〇円

三(一)11と同趣旨のもとに、前記金額の支払を約した。

(三)  原告井上は本件事故によってつぎのとおり損害を蒙った。

1 慰藉料 七〇〇、〇〇〇円

原告井上は、本件事故による受傷のため約三ヵ月間通院して治療を受け、その間肉体的苦痛を受けたことはもとより、現在もなお時折頭痛に悩まされている状態にあり、仕事上の支障も少なからず存在し、その肉体的、精神的苦痛は著しいものがある。これを慰藉するには前記金額が相当である。

2 弁護士費用 一六〇、〇〇〇円

三(一)11と同趣旨のもとに、前記金額の支払を約した。

四  結論

以上の次第で、原告滝は被告らに対し各自一七、二九六、六九〇円およびこれに対する、被告会社、同神保については甲号事件訴状送達日の翌日である昭和四五年一月二五日から、被告東京都については乙号事件訴状送達日の翌日である昭和四六年五月一九日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。原告会社は被告会社、同神保に対し前記各損害のうち各自五、四九一、三一〇円、原告協会は同被告らに対し前記損害のうち各自四、九五〇、〇〇〇円およびこれらに対する甲号事件訴状送達日の翌日である昭和四五年一月二五日から各支払済に至るまで右と同割合による遅延損害金の支払を求める。原告井上は被告会社、同東京都に対し各自八六〇、〇〇〇円およびこれに対する乙号事件訴状送達日の翌日である昭和四六年五月一九日から支払済に至るまで右と同割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求原因に対する答弁

一  被告会社、同神保

請求原因一(一)ないし(三)の事実は認め、(四)の事実中原告らが後部座席に同乗中、被告車がはずんだ事実は認め、その余は否認し、(五)の事実中傷害を受けた事実は認め、その部位程度を含めその余は不知。

同二(一)の事実中、被告会社が被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは認め、その余は争う。同二(二)の事実は否認する。

同三(一)11、(二)2(4)、(二)3(5)、(三)2の訴訟委任の事実は認め、その余は不知。

二  被告東京都

請求原因一(一)ないし(三)の事実は認め、(四)の事実中原告らが後部座席に同乗していたことは認め、その余は否認し、(五)の事実中傷害を受けたことは認め、その部位程度を含めその余は不知。

同二(三)の事実中、被告東京都が当該道路(都電軌道敷を含む)の管理者であることは認め、その余の事実は否認する。

同三(一)および(三)の各事実はいずれも不知。

第五抗弁および主張

一  被告会社、同神保(免責および無過失の主張)

被告神保は、請求原因一記載の日時頃被告車を運転し、原告滝、同井上を同乗させ、東京都港区田村町方面から本件事故現場である都電軌道敷部分(反対車線側軌道敷内に進入していない。)に至ったが、被告車の右前車輪が当該軌道敷部分を通過した直後に直下の軌道敷内の一個の敷石がはね起きて、被告車の右後車輪のスプリングに接触したため、被告車の後部がはね上り、その後路上へ落下したときの衝撃で原告滝、同井上が受傷したものである。右のとおり、被告神保には被告車を運転するに当り全く過失はなく、本件事故は専ら当該道路の管理者である被告東京都の道路管理についての瑕疵によって発生したものであり、かつ、被告車には構造上の欠陥および機能の障害はなかった。

したがって、被告会社、同神保はいずれも原告らの損害を賠償する義務はない。

二  被告東京都

本件事故に関し、被告東京都は道路および都電軌道敷の設置・管理に瑕疵はない。その理由は以下のとおりである。

(一)  本件事故発生前に都電軌道敷の敷石ははがれておらず、被告東京都は事故防止のため十分な管理をしていた。

1 被告東京都は、本件軌道敷を巡視等により管理しているが、本件事故当日事故発生前東京都職員らが現場付近を含む軌道敷の巡視を行なった際、軌道敷に異常はなく、敷石がはがれて穴があいている事実はなかった。

2 右巡視後事故までの間に敷石がはがれたとすれば被告東京都に報告がある筈であるが、同被告は報告を受けていない。

(二)  都電軌道敷の素材としては敷石が用いられているのが通常であるが、自然の地盤沈下、電車通過時の加重、震動等が原因で敷石間に多少のゆるみが生じても、軌道敷内を自動車運行する者が右事実を念頭におき慎重な運転をする限り、敷石がはがれて交通事故を起すおそれはない。とくに、本件事故現場付近道路の法定最高速度は毎時四〇キロメートルであり、この制限速度内で自動車を運行すれば、敷石がはがれることは考えられないから、本件事故現場の軌道敷には交通の危険を招来する欠陥はない。

ところで、本件事故は、被告車の異常な運行、例えば高速度運行と急な減速等によって生じたものと考えられるが、異常な運行を予想して道路および軌道敷の設置・管理をしなければならないとすることは管理者に不可能を強いるもので、不当であるから、道路および軌道敷の設置・管理に瑕疵があるといえるのは通常の運行状態においての道路および軌道敷の設置・管理の瑕疵が原因となって事故が発生した場合だけであって、本件のように車両の異常運行状態での事故については道路管理者に設置・管理の瑕疵があるとはいえない。

また、本件事故が右以外の原因で発生したとしても、それは異常なことであって、そのような場合の事故についても道路および軌道敷の設置・管理に瑕疵があるとはいえない。

第六証拠関係≪省略≫

理由

一  事故の発生

原告滝、同井上が昭和四二年一二月二七日午後一〇時三〇分頃東京都港区芝公園三号先路上都電軌道上で被告神保の運転する被告車の後部座席に同乗中、本件事故が発生し、各傷害(その部位程度は除く。)を負ったことは全当事者間に争いがない。そこで、本件事故の態様について判断する。

≪証拠省略≫によれば、本件事故現場は、浜松町方面から三田方面へ通ずる道路の中央部分の都電軌道敷上で、同道路は、現場付近において、車道幅員が一七メートルに及び、歩車道の区別があり、法定最高速度は毎時四〇キロメートルで、右軌道敷部分を除いてアスファルト舗装され、前後の見とおしはよく、夜間においても歩道上の照明灯によりかなり明るいこと、本件現場付近は、都心に近く車両の交通量は多いこと、そして昭和三五・六年頃軌道敷上の車両通行が許されてから軌道敷部分に敷きつめられた切石の傷みが激しく、本件事故の直前である昭和四二年一二月一〇日頃に都電の営業が廃止されたこともあって、現場付近の敷石は所々ゆるんでおり、凸凹を生じ(その程度は明らかでない。)押せば動く状況の部分もみられたこと、本件事故発生直後現場には、三田方面に向って左側軌道の右レールの内側部分の敷石がはがれて穴があき、同所の軌道敷上に右穴から三田方面へ向けて敷石が転がった様な痕跡が残っていたこと、はがれた敷石は、長さ約四五センチメートル、幅約三六センチメートル、厚さ約一〇センチメートル、重さ約四〇キログラムの直方体で、底の部分の片側が削れて丸味を帯び舟底状をしていたこと、また被告車の右後輪のスプリングの付根に衝撃の跡があり、右側の中柱にひびが入り、ドアーとフェンダーの継目がくの字型に曲り、クッションアブソーバーのスプリング部がこわれていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

≪証拠省略≫によれば、被告神保は、被告車を運転し、田村町方面から三田方面へ向けて本件軌道敷上を走行中、前方軌道敷上には何ら異常を認めなかったが、突然被告車の右後部に衝撃を受けて後部が飛び上り、ブレーキを操作したものの、約一六メートル程進行して停止したこと、右停止した車の後方に敷石が落ちていたことが認められる。

右各事実を総合すれば、本件事故は、被告車が走行中、その圧力で軌道の敷石がはね上った結果発生したものと認めるのが相当である。

原告らは、本件は被告車があらかじめあいていた穴に気ずかず落ち込み、さらにはがれていた敷石に乗り上げたために生じた事故であると主張し、原告滝・同井上各本人尋問の結果の中には右に沿う部分が存在するけれども、同人らは乗客として後部座席に乗車していたもので終始路上を見ていたわけではないし、その根拠としてあげる車体が二度上下に振動したとの点も、右に認定した事故態様においても十分あり得ると考えられることや、前掲証拠に照らし右はたやすく採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

二  責任原因

(一)  被告会社、同神保

被告会社が被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたこと、被告神保が被告車を運転していた間に本件事故が発生したことはいずれも当事者間に争いがない。そこで、被告神保の運転上の過失の存否および被告会社の免責の主張について、原告らと被告神保、同会社との関係で判断する。

本件事故は、既述のとおり、被告神保が被告車を運転し、都電軌道敷内に進入した後、前方の道路状況に何ら異常を認めなかったので、そのままの速度で進行を続けたところ、前示現場において発生したものである。自動車運転者は、同乗者がある場合、具体的な状況によっては、高速度あるいは急激な転回・停止・発進等により、車体が振動し、それにより同乗者がその身体を自動車の天井、ドア等に激突させて傷害を負うことがあり得るので、運行速度等運行の状況、同乗者の状況、道路状況に応じ同乗者に傷害を負わせることのないように適切かつ慎重な運転操作を行ない、もって、安全運転を行なうべき注意義務があるから、以下において、本件の具体的な状況のもとで被告神保に右の注意義務違反の行為があったかについて述べることとする。

そこでまず、本件事故態様に鑑み、被告神保は、軌道敷内を運行した際、軌道敷内の敷石がはね出すことを予見したうえで、そのときに起り得る事故発生を未然に防止するため減速あるいは徐行する義務があるかについてみると、本件におけるようなアスファルト舗装道路の中央部分に敷石からなる電車軌道敷が設置され、同軌道敷内の自動車通行が、アスファルト舗装部分と同様の条件のもとで許されているときは、軌道敷内を自動車通行の用に供した趣旨および自動車交通の円滑化の目的等に照らし、運転者は、軌道敷内の敷石の破損状況が顕著で、当該具体的な状況のもとで容易に予見し得る等の特別な事情がある場合は格別、敷石がはね出すことを予見し、これにしたがって減速あるいは徐行すべき義務はないと解するのが相当である。本件においては、敷石は若干の凹凸ありとはいえその程度は確認できず、このほか右の特別な事情があると認めるに足りる証拠はなく、被告神保に右の意味において減速あるいは徐行義務があるとはいえない。

次に、被告神保の法定最高速度違反に関し判断する。

本件事故発生当時において、本件現場付近の法定最高速度は毎時四〇キロメートルであったことは既述のとおりである。そして被告車の事故直前における速度について、原告滝は、平常利用している自動車の速度の約二倍であった旨、同井上は毎時六〇キロメートルであった旨、被告神保は毎時四〇キロメートル以内であった旨(当裁判所において、被告神保は、毎時約三五キロメートルであったとも述べているが、≪証拠省略≫によると、同被告は事故直後の警察官による実況見分の際、毎時約四〇キロメートルであったと述べたものと認められ、その供述が若干の変更されているが、少くとも毎時四〇キロメートル以下の速度であったとする点では一貫している。)それぞれ述べている。右各供述のほか被告車の速度についての直接証拠はない。しかし、原告滝の供述は曖昧で、これによっては明確に速度を確定し得ない。しかも、右原告両名は、いわゆるタクシー乗客であったから、自動車の走行速度について必ずしも正確な認識を持つことは期待し難いこと、また、前記のように右原告らは、被告車を利用し、事故現場と近距離にあるホテルに向う途中本件事故に遭ったのであるから、被告神保が右原告らの目的地を目前にして被告車を高速度で運行する必要があったとは考え難いことに鑑みれば、右原告らの各供述は採用し得ない。

しかしながら、本件事故発生直後の被告車の前示運行状況、はね出した前示敷石の移動状況、その体積および重量、軌道敷の形状に照らすと、被告車は、右敷石と接触後は、ブレーキ操作により(被告神保がブレーキを踏んだことは前示認定のとおりである。)通常の運行時と比較し相当急激に減速すべきところ、前記のように、被告車は、被告神保がブレーキ操作を開始してから停止までの間に少なくとも約一六メートル走行したのであるから、前掲鑑定の結果と相まって被告神保の右供述にも重大な疑問があるといわざるを得ない。

原告滝、同井上の各供述によっては被告神保が事故直前において被告車を法定最高速度を超えた速度で運転していたと認めるに足らず、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、また、被告神保の供述によっては同被告が被告車を法定最高速度を超えた速度で運転していなかったと認めるに足らず、他に右事実を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

そうすると、被告神保は、被告車を運転するについて、法定最高速度違反の行為があったとはいえず、また、他に安全運転義務に対する運転行為を行なったとまでは認めることはできないが、被告神保に法定最高速度違反の行為がなかったともいえない。さらに前記のような道路状況、事故態様、原告滝、同井上の傷害の程度に鑑み、同被告に前記のような安全運転義務に反する運転行為がなかったとも断定し難い。

以上によれば、被告神保は、本件事故発生について過失があったとはいえないから、原告らの損害を賠償する義務はない。被告会社は、本件事故発生について被告神保に過失がなかったとはいえないから、自賠法三条により原告らの損害を賠償する義務を免れない。

(二)  被告東京都

本件現場が、被告東京都において管理している道路上であることは、原告らと被告東京都との間で争いがない。そして本件事故は、被告車が軌道敷上を走行中、その圧力で敷石がはね上り、その結果発生したものであることは、前記認定のとおりである。右事実および前記認定の本件現場の地理的状況および交通量からすれば、本件現場が、道路として通常備うべき安全性を欠いていたものといえる。

被告東京都は、本件事故は、被告車の異常な運行により発生したもので、本件道路の設置又は管理に瑕疵はなかった旨主張するが、まず被告車の走行速度を明確にし得ないことは前示のとおりであり、他に被告車の運行態様が、道路の建設管理上通常予想され得ないような異常なものであったと認めるに足る証拠はない。

したがって、被告東京都は少くとも本件道路の管理につき瑕疵があり、国家賠償法二条一項により、損害賠償義務を免れないというべきである。

(三)  被告会社と被告東京都との関係

被告会社は、(一)のとおり、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたところ、被告神保が被告車を運転していた際、本件事故が発生したが、右事故発生について被告神保に過失がなかったとは認められないので、右事故による原告らの損害を賠償する義務があり、被告東京都は、(二)のとおり、同被告が管理する軌道敷の設置・管理に瑕疵があり、右瑕疵によって事故が発生したから、道路管理者として、原告らの損害を賠償する義務を免れないのであるが、本件事故態様に鑑みると、右被告神保の被告車の前示運転行為と被告東京都の道路の設置・管理の瑕疵は客観的に関連共同して本件事故の発生原因となったものと認められるから、被告会社と被告東京都とは各自原告らの損害について全部賠償義務があると考えられる。

三  損害

(一)  原告滝

原告滝の損害額について、同原告と被告荏原、同東京都との関係で判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告滝は、本件事故によって第一二胸椎圧迫骨折の傷害を受け、昭和四二年一二月二八日から同四三年四月九日まで東京慈恵医大付属病院整形外科に入院して治療を受けた結果、右骨折はほぼ治癒したが、同日から同年六月頃まで毎月二ないし三回の割合で経過の観察のため同科へ通院したほか、入院中の二月頃からマッサージを始め、右退院時においても背部・頸部等に痛みがあったことなどから、昭和四三年四月一日から同四五年一〇月三一日までに合計六七一回小林鍼灸指圧マッサージセンターによってマッサージ治療を受け、さらに、右とは別に、昭和四三年四月から同四五年一〇月まで(同四四年七月以降の実日数一九七回、それ以前については実日数不明である。)マッサージ治療を受けた(コルセットをおそくとも昭和四五年一一月頃までつけていた。)が、昭和四八年九月二九日現在においても、頸部痛、骨折部の上下のつっぱり、下肢のしびれ感等の症状が残存していると認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実にもとづいて、原告滝の損害額を算定する。

1  入院費 五五〇、三六〇円

≪証拠省略≫によれば、原告滝は、右東京慈恵医大付属病院への入院治療費として、五五〇、三六〇円を支払ったこと、右金員のうち一〇、〇〇〇円を超えない金額が健康保険からの支払を除いた自己負担分の治療費であり、残額が入院室料であること、したがって一日の入院室料は平均五、〇〇〇円を超える金額に達することが認められる。≪証拠省略≫によれば、原告滝は、右の入院当初から約一ヵ月半の間は終始仰臥の姿勢で安静を要し、また、その後においてもコルセット着用のうえ起立・歩行の訓練等を要したこと、原告滝は当時六四才であって、原告交通文化事業株式会社代表者取締役等の社会的地位にあったことが明らかである。よってこれらの事情に鑑み右入院費は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

2  付添費 二六一、七五〇円

(1) ≪証拠省略≫によれば、原告滝は、右一〇三日の入院期間中一日延べ二人の付添人による付添看護を受け、その費用として三〇九、〇〇〇円を支払ったことが認められるが、前示滝の傷害の程度、入院中の治療および症状の経過に照らすと、原告滝は、入院期間のうち少なくとも前半の期間昼夜延べ二人の付添人による看護を要する状態にあったが、その後退院するまで後半の期間は一人の付添人による看護を受ければ足りると認められるので、右のうち二三一、七五〇円が入院中の付添費として本件事故と相当因果関係に立つ損害である。

(2) ≪証拠省略≫によれば、原告滝は、右退院時において、入院中に付添看護を行なった者三名に対し各一〇、〇〇〇円の謝礼金を支払ったことが認められるが、右支出は、原告滝の前記症状および治療内容、社会的地位等に照らし、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

(3) 原告滝は、通院の際の付添費を本件事故による損害としてその支払を請求している。≪証拠省略≫によれば、原告滝が前示病院を退院する時には第一二胸椎の圧迫骨折はほぼ治癒し、また、独力で歩行が可能であったと認められ、さらに、≪証拠省略≫によれば、原告滝は通院の際自動車を利用していたものと認められる。以上の各事実に鑑みれば、原告滝が通院するに際し、付添人による介護を要する状況にあったとは認めることはできず、したがって、右付添費は本件事故と相当因果関係ある損害とはいえない。

3  付添人用ベッド費 六、七九五円

≪証拠省略≫によれば原告滝は前記入院期間中も付添人の看護を受けそのベット費として一三、五九〇円を支払ったことが認められるが、前示のとおり原告滝の入院期間中、昼夜を通じて付添人による付添看護を要したのは、前半の期間だけであるから、その間の付添人のためのベット費にあたる六、七九五円のみが本件事故による損害である。

4  入院雑費 三〇、九〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告滝は右入院期間中日用品、茶菓子代等の諸雑費および電話代として合計約二六五、〇〇〇円位を支出したと認められるが右のうち一日三〇〇円の割合の合計三〇、九〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ雑費(電話代を含める。)支出の損害と認められる。

5  マッサージ費 七三、八〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告滝は、昭和四三年四月一日から同四五年一〇月三一日までの間に八六八回以上にわたりマッサージ治療を受け、その費用として九〇二、〇〇〇円以上を支払ったことが認められる。≪証拠省略≫によれば、原告滝は、慈恵医大付属病院整形外科に入院中であった昭和四三年二月初旬頃から既にマッサージ治療を受け始め、同年四月九日まで継続した結果、独力でほぼ健康人と同様の程度に歩行することができるまで回復し、同日右病院を退院し、なお同年六月まで月二ないし三回の割合で経過観察のため同病院へ通院していたが、同年六月をもって同病院整形外科における医師による治療は終了したこと、そして少なくとも、同年六月頃までは同病院整形外科医師の指示のもとに原告会社へマッサージ師が派遣され、原告滝にマッサージ治療を施していたことが認められる。≪証拠判断省略≫

右の各事実、原告滝の前記傷害の部位・程度・年令等に鑑みると、原告滝は、本件傷害による症状の治癒あるいは軽快のため昭和四三年四月一〇日から同年六月末までの間一日一回の割合で合計八二回マッサージ治療を受けることが必要な状態にあったものと認められるが、右期間を超えてマッサージ治療を受けるべき旨の医師の指示あるいは治療上の必要があったと認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告滝に右期間経過後においても胸部痛等の症状が存しても、このことは慰藉料額算定に当って斟酌すれば足り、右期間経過の後において原告滝が受けたマッサージ治療の費用の支出が本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない。≪証拠省略≫によれば、原告滝が受けたマッサージ治療一回に要する費用は九〇〇円と認められるから、以上によれば本件事故による前記八二回のマッサージ治療費支出による損害額は、七三、八〇〇円と算定される。

6  東京プリンスホテル宿泊費

≪証拠省略≫によれば、原告滝は、昭和四三年四月から同四五年一〇月までの期間に毎月一〇日の割合で東京プリンスホテルに宿泊し、その費用として合計一、八九二、二四〇円を支出したことが認められるが、前記認定のとおり、原告滝の本件骨折についての慈恵医大付属病院における入・通院治療は昭和四三年六月に終っているものと認められ、右のほか原告滝が治療の必要上、特に東京プリンスホテルに宿泊することを必要としたと認めるに足りる証拠はないから、右宿泊費は本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない。

7  通院交通費 六、〇〇〇円

(1) 前示5の事実および≪証拠省略≫によれば、原告滝は、本件傷害の治療のため昭和四三年四月一〇日から同年六月までの間毎月二回以上の割合で前記病院整形外科に自動車で通院し、その費用として六、〇〇〇円を要したと認められ、原告滝の前記年令、社会的地位等の事情に照らし、右は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

(2) 原告滝は、昭和四三年四月一〇日から同年六月末日までは毎日、同年七月一日から同四五年一〇月末日までは一ヵ月に八日の割合で合計三〇六回通院し、そのための費用として三〇六、〇〇〇円を支出したと主張し、≪証拠省略≫中には右に沿う部分があるが、右は、≪証拠省略≫に照らしたやすく措信できず、(昭和四三年六月末日までのマッサージ治療は、前記病院の医師の指示にもとづき、原告会社に派遣されたマッサージ師によって行なわれたから、原告滝が通院を要したものではない。)、他に右認定に反する証拠はない。

8  医師、看護婦への謝礼金 二〇〇、〇〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告滝は、本件傷害のため前記病院に入・通院していた間に、治療・看護等を受けた担当医師、看護婦に対し、謝礼金として入院中につき六六〇、〇〇〇円、約三ヵ月間の通院中につき毎月五〇、〇〇〇円の割合による計一五〇、〇〇〇円総計八一〇、〇〇〇円を支払ったことが認められる。しかし、原告の本件傷害は第一二胸椎の圧迫骨折であり、治療方法としては同原告の胸部をコルセットで、固定させる方法が採られ、治療に当り特別の医学的配慮を必要としたとも認めらられず、治療経過はほぼ順調であったことのほか原告滝の前記社会的地位、治療期間等諸事情に照らすと、右のうち二〇〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

9  慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

原告滝が本件事故によって受けた傷害の部位・程度、入・通院による治療経過ならびに右傷害による現存の症状(頸部・骨折部痛等)に鑑み、原告滝が本件事故の被害者として多大の精神的苦痛を蒙ったことは推認するのに難くなく、右の各事実のほか、本件事故態様、原告滝の年令、社会的地位および本件受傷の結果同人の社会的活動に与えた影響等、本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告滝の右の精神的苦痛に対する慰藉料は一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

10  弁護士費用 二五〇、〇〇〇円

以上のとおり、原告滝は、被告荏原および被告東京都各自に対し本件事故にもとづく損害賠償として二、六二九、六〇五円の債権を有するところ、≪証拠省略≫によれば、被告らは任意の支払に応じないので、原告ら訴訟代理人弁護士らに対し、本件訴訟の提起による債権の取立を委任し、弁護士費用および報酬として本判決言渡日に一、八五〇、〇〇〇円を支払う旨約したと認められるが、本件事故の難易、審理の経過、前記損害額に鑑み、右のうち二五〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

(二)  原告会社、同協会

1  右原告らは、原告会社および同協会は、本件事故による原告滝の休業によって損害を蒙ったと主張し、その賠償を請求しているので、右原告らと被告荏原、同東京都との関係で判断する。

ところで、法人は、交通事故により、その代表者の受傷によって経済的損害を蒙ったとしても、右が法人とは名ばかりで、いわゆる個人法人の実態を有し、実権が同個人に集中し、同人に機関としての代替性がなく、経済的には同人と法人とが一体をなす関係にあるなどの事情がないかぎり、加害者に対し不法行為にもとづく損害賠償請求をすることはできないと考えるのが相当である。

そこで、原告会社および同協会が原告滝のいわゆる個人法人といえるか否かについて検討する。

2  ≪証拠省略≫によれば、原告会社についてつぎのとおりの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 原告会社は、肩書地に本店を置き、(イ)旅行大衆、修学旅行等を対象とするモテル、レストハウス、観光水族館の建設および交通従業員共同の厚生福祉センターの設置ならびにこれらに関連する一切の事業、(ロ)家屋賃貸業、(ハ)観光事業ならびに観光案内紹介に関する事業、(ニ)交通文化施設およびその他による宣伝広告に関する事業等を行なうことを目的として、昭和二三年二月三日に設立され、資本金は一八、〇〇〇、〇〇〇円で、発行済の株式総数は三六〇、〇〇〇株の株式会社である。

(2) 原告会社の株主の総数は二〇名であるが、右株主は、原告滝のほかおおむね財団法人鉄道弘済会等の鉄道(国鉄、私鉄を問わない。)関係法人、東急、京浜急行、小田急、相模鉄道等の電鉄株式会社およびその関連の株式会社であり、原告滝の所有する株式数は発行済株式数の約二割に当る。

(3) 原告会社においては、毎年五月に招集される定期株主総会のほか、随時臨時株主総会が開かれ、右総会において定款の変更、財産目録、貸借対照表、損益計算書ならびに剰余金処分の承認、取締役、監査役の報酬、取締役、監査役の選任等の決定決議事項等について審議のうえ、会社の最高の意思決定機関として決議をし、原告会社の組織および事業全般についての基本的な方針を樹立し、新規事業への進出の可否およびその規模等につき意思決定を行なっている。

(4) 原告会社の取締役は、代表取締役社長三宮四郎、同専務原告滝のほか代表権のない取締役が三名であるが、原告滝を除いた四名の取締役はいずれも前示電鉄会社の取締役の経験者もしくは兼職者であるため、随時取締役会に出席して原告会社の業務執行についての基本方針の決定に参与するほかは、原告会社に出社せず、その日常業務には従事せず、専ら原告滝ひとりが取締役会での基本方針にしたがって約一二〇名の会社従業員を指揮監督して日常業務の執行に当っている。

(5) 原告会社は当時本店および若干の地方営業所ならびに代理店を通じて、前記目的事業のうち宣言広告事業を主として行ない、これによる広告料収入は年間約四四〇、〇〇〇、〇〇〇円(昭和四五年当時)に達するが、原告会社は、原告協会との定めにしたがい、協賛という名目で右収入の七割相当額を原告協会に支払うので、残額の三割相当額が収入となる。

原告会社の右広告は、国鉄、私鉄、地下鉄等の駅のホーム上の長椅子および建物の壁等の施設上にいわゆる金属製の看板を主とする広告媒体を取り付けて行なうものであるから、原告会社の業務の具体的内容としては、顧客と広告締結すること(右契約は、三ヵ月ないし六ヵ月間の広告掲出を目的として行なわれるので、期間満了の際の更新契約の締結も含まれる。)、顧客の注文に応じて看板のデザインを定めて製作し、右鉄道業者からの掲出の許可を得たうえで、前示長椅子等に取り付けること、および広告料を徴収することが主要なものであるが、右広告契約の締結、広告料の徴収については、全契約数の相当部分を代理店を通じて行ない、また、右看板の製作も実際には下請業者に請負わせている。

3  前示三(二)2の認定事実、≪証拠省略≫によれば、原告協会および原告協会と同会社との関係についてつぎのとおりの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 原告協会は、肩書地に主たる事務所を置き、交通または観光に関し調査、研究、発明および考案の助長育成ならびにその他諸般の文化的向上、発達を図ることを目的とし、(イ)交通または観光に関する著書、論文、発明、考案、その他の文化的業績により著しい貢献をした者の顕彰あるいはこれらの顕彰に対する援助協力、(ロ)交通に関する発明および考案の展示会の開催、(ハ)交通または観光に関する文化的作品の展覧会の開催、(ニ)交通または観光に関する出版物の発行および頒布、(ホ)交通または観光に関する文化的施設の設置および運営、(ヘ)旅行大衆を対象とするモテル、レストハウス、観光水族館の建設および交通従業員共同の厚生福祉センターの設置ならびにそれらの関連事業、(ト)陸運交通関係事業に従事する者、その他同事業に関係する者の子弟および同事業に従事しようとする者に対する学資の給貸与とその他育英に関する事業を行なうべく、昭和二三年九月三〇日に設立され、昭和四五年現在において登記簿謄本上資産総額一四九、二〇二、八三二円とされている財団法人である。

(2) 原告協会の理事は、原告滝ほか八名であるが、同原告と外の理事は、財団法人鉄道弘済会等の法人の顧問、東急等の電鉄会社の取締役の地位にあるもので、総会に出席し、原告協会の決算の承認、役員人事、新規事業の可否、規模等基本的な事項についての決議に参加するほか、原告協会の日常の事務の執行には直接参与せず、専務理事である原告滝にこれを委ね、同原告は総会の決定にしたがって事務の執行に当っている。

(3) 原告協会は、前記の主たる事務所と大阪ほか一二個所の営業所において事業を行なっているが、主たる事務所については、その従業員は原告会社の従業員をも兼ね、右地方営業所についても、約二〇名を除いては、右と同様である。

そして、原告協会は、前示のとおり、原告会社の宣伝広告事業による収入額の七割相当額を取得し、そのなかから、国鉄、私鉄、地下鉄等の鉄道企業に対し広告掲出料を支払い、また、前示掲出用看板の管理費等を支出した残額を前示事業の資金に当てている。

以上の各事実が認められる。

4  右2の事実にもとづいて考えると、原告滝は、原告会社の発行済株式総数の約二割に相当する株式を所有する有力株主であり、また、代表取締役として日常の業務執行をひとり指揮監督し、原告会社においては極めて重要な地位にあるものと考えられるが、その他の株主とて僅か一九名にすぎず、一名当り持株比率も低くなく、いずれも鉄道運輸業者又はその関連業者であって、これと原告滝の持株比率とを比較考量すれば、原告滝が原告会社を所有するあるいはこれと同視し得る程度の支配力を有するものということができず、原告会社においては法律の定めるところにしたがって株主総会、取締役会を開催の上、各意思決定がなされていて、原告滝ひとりが右の意思決定を左右し得たとか、同原告が右決定に反して業務執行をなし得たとはいえないし、また、原告滝が、株主総会において決定された取締役報酬のほか何らかの名目で、株主総会の議によることなく、自らの決定で原告会社の剰余利益を取得できたと認定するに足りる証拠はないこと、右の各事実のほか、原告会社の資本金額、株主、取締役の構成、従業員数、年間収入、営業規模・形態等の諸事情に鑑みれば、原告会社は、法人とは名ばかりの、原告滝のいわゆる個人会社で、原告滝は原告会社の代表機関として代替性がなく、経済的に会社と一体をなす関係にあるとは到底認められない。

5  右3の事実によれば、原告滝が原告協会において専務理事の地位にあるけれども、原告協会の総会において決定された基本事項にしたがって原告協会の一切の業務の指揮監督を行なっているにすぎず、原告滝が原告協会の基本財産を出捐したとは認められないほか、原告協会の事業目的、資産総額、従業員数、事業規模、理事の人的構成等の諸事情に照らせば、原告協会が原告滝のいわゆる個人法人とは到底いえず、また、原告滝に原告協会の代表機関としての代替性がないとか、経済的に原告協会と一体をなす関係にあるとは認められない。

6  そうすると、本件において、原告会社および同協会が、本件事故による原告滝の休業によって経済的損害を蒙ったとしても、前述した理由から加害者に対し不法行為にもとづく損害賠償を求めることはできないというべきであり、原告会社および同協会の被告会社、同神保に対する請求は、その余について判断するまでもなく失当である。

(三)  原告井上

原告井上の損害について、同原告と被告荏原、同東京都との間で判断する。

≪証拠省略≫によれば、同原告は本件事故により頭部外傷、外傷性頸部症候群の傷害を受け、昭和四二年一二月二八日から同四三年三月二二日までの間(実日数一〇日)慈恵医大付属病院へ通院して措置を受けたところ、神経学的検査、レントゲン検査においては頭部、頸部に異常はみられず、投薬、神経ブロック等の治療により、右傷害および頭部・頸部痛の症状はほぼ治癒した(その後、若干期間雨天の日等に軽度の頭痛が感じられた。)ものと認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によって、原告井上の損害額を算定する。

1  慰藉料

原告井上の右傷害の部位、程度、治療経過に鑑みると、同原告が本件事故による受傷により精神的苦痛を蒙ったことが推認されるが、右苦痛に対する慰藉料としては一五〇、〇〇〇円が相当である。

2  弁護士費用

右のとおり、原告井上は被告ら各自に対し本件事故にもとづく損害賠償として一五〇、〇〇〇円の債権を有するところ、≪証拠省略≫によれば、被告らは任意の支払に応じないので、原告井上訴訟代理人弁護士らに対し、本件訴訟の提起による債権の取立を委任し、弁護士費用および報酬として本判決言渡日に一六〇、〇〇〇円を支払う旨約したと認められるが、本件事件の難易、審理の経過、前記損害額等の事情に鑑み、右のうち五〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ本件事故時の現価による損害と認められる。

四  結論

以上のとおり、原告滝は、被告荏原、同東京都に対し各自二、八五九、六〇五円およびこれに対する、被告荏原は甲号事件訴状送達日の翌日であることが記録上明かな昭和四五年一月二五日から、被告東京都は乙事件訴状送達日の翌日であることが記録上明かな昭和四六年五月一九日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告井上は、被告荏原、同東京都に対し各自二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する右昭和四六年五月一九日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるから、右原告らの右被告らに対する各請求は右の限度で認容し、その余の請求を棄却し、原告滝の被告神保に対する請求、原告会社、同協会の被告荏原、同神保に対する各請求はいずれも理由がなく、失当であるから、これらを棄却することとし、訴訟費用については、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 大出晃之 裁判官大津千明は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 沖野威)

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